「手が届くのは身長×1.2まで」の、出どころを探しました
収納の高さを決めるとき、よく出てくる目安があります。肩の高さは身長×0.8、目の高さは身長×0.9、そして手が届く上限は身長×1.2。身長160cmなら192cmまで届く、という計算です。家具店のサイトにも住宅メーカーのコラムにも、同じ3つの係数が並んでいます。
ただ、この係数がどこから来たのかを書いたページは、探した範囲では1件もありませんでした。誰かが測った数字のはずなのに、測った人の名前が見当たらないのです。わたしは最初、この目安は少し盛っているのではないかと疑っていました。結果は逆で、実測のほうが高く出ました。
数字は、部屋づくりの側ではなく工学の側にありました。産業技術総合研究所が公開している「AIST人体寸法データベース1991-92」です(産総研)。日本人成人約500名を測った調査で、両手を頭上に伸ばしたときの指先の高さが、つま先立ちの値まで含めて載っています。
実測すると、指先は身長×1.25でした
このデータベースの「上肢挙上指先端高」は、定義がはっきり書かれています。「床面から指先点までの高さ」で、姿勢は「立位。左右の踵を合わせた自然な立位。両上肢を頭上に伸ばす。手掌は内側に向ける」。つまり踵を床につけたまま、まっすぐ上に伸ばした指先の高さです。
| 群 | 身長 | 肩 | 目 | 伸ばした指先 | つま先立ちの指先 |
|---|---|---|---|---|---|
| 青年 男 | 1714 | 1380 (×0.81) | 1596 (×0.93) | 2150 (×1.25) | 2235 (×1.30) |
| 青年 女 | 1591 | 1278 (×0.80) | 1476 (×0.93) | 1967 (×1.24) | 2049 (×1.29) |
| 高齢 男 | 1589 | 1288 (×0.81) | 1476 (×0.93) | 1979 (×1.25) | 2052 (×1.29) |
| 高齢 女 | 1468 | 1181 (×0.80) | 1363 (×0.93) | 1840 (×1.25) | 1910 (×1.30) |
単位mm・平均値。括弧内は身長で割った比。出典: AIST人体寸法データベース1991-92(B1・B19・B2・B28・B29)
3つの係数のうち、肩の×0.8だけはほぼ正確でした。4つの群で0.80〜0.81に揃っています。目の×0.9は実測だと0.93で、少し低めの見積もりです。
そして手が届く×1.2は、4つの群とも1.24〜1.25でした。青年女性の平均で言えば、×1.2の1910mmに対して実測は1967mmで、57mm高い。男性は93mm高い計算になります。
つまり、目安は控えめだったことになります。ただ、ここで安心するのはまだ早いと思いました。指先が「触れる」高さと、物を「つかんで下ろせる」高さは、別のものだからです。
触れる、つかめる、つま先立ち。届くには3つの高さがあります
棚の上の箱を取るには、指先が箱の縁に触れるだけでは足りません。手のひらをかけて引き寄せる必要があるので、物はもっと低い位置にある必要があります。同じデータベースの手長(第三指手長)を使って、伸ばした指先から手のひら1つ分を引いてみました。
| 群 | 伸ばした指先 | 手長 | つかめる高さ (概算) | 身長×1.2 |
|---|---|---|---|---|
| 青年 男 | 2150 | 191 | 1959 (×1.14) | 2057 |
| 青年 女 | 1967 | 174 | 1793 (×1.13) | 1910 |
| 高齢 男 | 1979 | 185 | 1794 (×1.13) | 1907 |
| 高齢 女 | 1840 | 173 | 1667 (×1.14) | 1761 |
単位mm。「つかめる高さ」は指先から手長を引いたこの記事の概算で、データベースの実測項目ではありません
こうして並べると、身長×1.2は「触れる高さ」と「つかめる高さ」のちょうど中間に落ちていました。指先で触れるだけなら6〜9cmの余りが出て、つかむには9〜12cmの不足が出ます。どちらとも言えない位置なので、目安として使うなら「つかめる上限より少し高い」と覚えておくほうが安全です。

もうひとつ、つま先立ちの値がわざわざ測られているのが目を引きました。背伸びをすると指先は8〜9cm上がります。ところがNITE(製品評価技術基盤機構)は2025年12月の踏み台の注意喚起で、「身を乗り出す、つま先立ちするなど無理な体勢で使用しない」とはっきり書いています(NITE)。背伸びで稼げる8cmは、公的機関が名指しで避けるように言っている8cmでした。
高さ200cmの棚に、指先が届くのは3人に1人です
具体的な家具で試してみます。無印良品のスタッキングシェルフ・5段は公表寸法が高さ200cmです(無印良品)。この天板の上に物を置いたとき、誰が届くのでしょうか。データベースにはパーセンタイル値があるので、平均だけでなく分布で見られます。
青年女性の伸ばした指先は、50パーセンタイルが1966mm、75パーセンタイルが2016mmです。2000mmはこの間にあるので、線形補間すると約67パーセンタイル。自然に立った状態で天板に指先が届く女性は、およそ3人に1人です。つま先立ちでは25パーセンタイルが1999mmなので、4人に3人まで増えます。男性は5パーセンタイルが2011mmで、届かない人は4%ほどです。

「つかむ」で見るともっと厳しくなります。青年女性の平均のつかめる高さは1793mmで、200cmの天板より約21cm低く、踏み台が要る高さです。
国民生活センターは脚立・はしごからの転落を2010年からの8年余りで433件集めていて、「作業中の『あと少し』をなくしましょう」と書いています(国民生活センター)。棚の最上段は、その「あと少し」が毎日起きる場所になります。
なお、このデータは1991〜92年の計測で、30年以上前のものです。データベース自身が、青年層の平均身長は2002年度の文部科学省調査とほぼ同等だと注記しているので、大きくずれてはいないはずですが、そのことは書いておきます。高齢層は50名ずつと人数が少ないので、参考値として見てください。
座った目線、立った目線、指先。収納は3つの帯に分かれます
ここまでの数字を、このサイトの原則2「高すぎず低すぎない家具で囲う」と重ねてみます。記事2で、椅子に座った目線は床から1155〜1205mmだと書きました。今回の立った目線は青年女性で1476mm、伸ばした指先は1967mmです。この3本の線で、壁面は帯に分かれます。

いちばん下は、座った目線より低い腰高の帯です。座ると囲いになり、立つと視線が抜ける。原則2の帯で、無印良品の3段×3列のセット(高さ121cm)は、天板がちょうど座った目線の線の上に乗ります。次が座った目線から立った目線までの帯で、立てば見下ろせて、手はいちばん届きやすい。日常の物はここに集まります。
立った目線より上は、見上げる帯です。5段のシェルフ(200cm)は立った目線を52cm超えていて、囲いというより壁になります。そして指先より上は、つま先立ちか踏み台の帯です。図を描いてみて気づいたのですが、腰高で囲う(原則2)と、収納を手が届く高さに収めることは、同じ帯を指していました。視線が抜ける高さは、手も届く高さです。
自分の数字は、壁で測れます
平均値は目安で、自分の指先は自分で測るのがいちばん確実です。データベースの計測方法がそのまま使えます。壁の前に踵をつけて立ち、両手を頭上に伸ばして、指先の位置に印をつけるだけです。手のひら1つ分下が、つかめる上限になります。
わたしは書きながら一度、つま先立ちの値を「余裕」として足そうとしました。でもNITEの一文を読み直して、その8cmは余裕ではなく事故の側に置くべき数字だと考え直しました。届く高さは、背伸びをしない指先で決めます。それより上に置いた物は、取るたびに踏み台を出すか、取らなくなるかのどちらかです。
まとめ
「手が届くのは身長×1.2まで」を産総研の実測で検算すると、伸ばした指先は身長×1.24〜1.25で、目安より高く出ました。ただし、つかめる高さは手のひら1つ分下の×1.13〜1.14で、×1.2はその中間です。肩の×0.8はほぼ正確、目の×0.9は実測だと0.93でした。
高さ200cmの天板に自然に立って指先が届く青年女性はおよそ3人に1人で、つかむなら平均で21cm足りません。つま先立ちで稼げる8〜9cmは、NITEが避けるように書いている姿勢です。座った目線・立った目線・指先の3本の線で収納の高さを分けると、腰高で囲う帯と手が届く帯は、同じ場所でした。
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