「壁にぴったり」は、部屋づくりの正解に見えます
家具は壁に寄せるほど、床が広く残ります。このサイトでも床の見える面積の話を書いてきたので、壁ぎわに隙間をつくるのは床を捨てることのように感じるかもしれません。わたしも計算するまでは、隙間は「もったいない寸法」だと思っていました。
でも、家具と壁のあいだには、あけたほうがいい隙間があります。よく言われるのは「5cm」です。今回はこの数字の出どころを探しに行って、少し意外な場所にたどり着きました。あわせて、あけなかったときに何が起きるかを、国の資料で確かめます。
「5cm」の出どころは、東京都でした
「家具 壁 隙間」で検索すると、上位に並ぶのはカビ取り業者のブログとQ&Aサイトです。書いてある数字は3cm以上、5cm、5〜8cmとばらばらで、どのページも根拠を示していません。わたしは最初、5cmという数字は業者ブログのあいだで受け継がれてきた経験則なのだと思っていました。
出どころを探しに行くと、東京都保健医療局の公式ページに行き着きました。アレルギー対策の解説の中に、家具のカビ対策としてこう書かれています。
家具を壁にぴったり付けると、換気不足となりカビが増えやすい高湿度環境になる。壁との隙間を5センチメートル以上あけて、空気の流れをよくする
出典: 東京都アレルギー情報navi「室内環境対策」(東京都保健医療局)

つまり「5cm」は、少なくとも業者ブログだけの数字ではありません。公的機関が名指しで書いている寸法です。ただし正直に書いておくと、都のページもこの5cmの実験的な根拠までは示していません。なぜ隙間で湿気なのかは、別の資料で確かめる必要がありました。
壁ぎわには、部屋とは別の気候があります
部屋の湿度計が60%を指していても、その値は湿度計を置いた場所の話です。空気は冷えるほど、含んでいられる水蒸気の量が減ります。同じ空気でも、冷たい壁ぎわに来ると相対湿度だけが上がるのです。
室温20℃・湿度60%の部屋で計算してみます。壁ぎわの空気が16℃まで冷えると湿度は77%になり、14℃で88%、そして12.0℃で100%に達して、結露が始まります。露点の計算式(Magnus式)で出せる値で、Pythonで検算してあります。

この77%や88%という数字が、ちょうど生き物の好む帯に入ります。東京都の同じページによると、ダニの最適条件は温度25〜30℃・相対湿度60〜80%で、増殖には60%以上の湿度が必要です。
カビのほうは文部科学省の「カビ対策マニュアル」に整理があります。生育可能な温度は0〜40℃、最適は25〜28℃。そして相対湿度を常時60%以下に保てばカビは全く生育できない、とされています。
逆に言うと、住まいの中で「常時60%以下」を守り切るのは現実的ではありません。だから対策は、湿った空気を一か所に留めないことに寄っていきます。家具の裏は、部屋の中でいちばん空気が動かない場所です。5cmの隙間は、この止まった空気に通り道をつくるための寸法でした。
放置したカビは、退去のときに戻ってきます
賃貸だと、この話にはお金の続きがあります。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、退去時の費用負担の目安を部位ごとに分類した資料です。まず、家具を置くこと自体はどう扱われているか。
家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡
これは貸主負担(通常損耗)に分類されています。理由も面白くて、「家具保有数が多いという我が国の実状に鑑みその設置は必然的なもの」だからだそうです。テレビや冷蔵庫の後ろの壁が黒ずむ、いわゆる電気ヤケも同じく通常損耗とされています。壁ぎわに物を置くこと自体は、想定された暮らし方なのです。
ところが、カビは扱いが変わります。借主負担側に、こういう項目があります。
結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ
考え方の原文はこうです。
結露は建物の構造上の問題であることが多いが、賃借人が結露が発生しているにもかかわらず、賃貸人に通知もせず、かつ、拭き取るなどの手入れを怠り、壁等を腐食させた場合には、通常の使用による損耗を超えると判断されることが多いと考えられる。
出典: 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)(国土交通省・別表1)

線を引いているのは、カビが生えたかどうかではありません。「通知もせず」かつ「手入れを怠り」という、2つの放置が重なったかどうかです。結露そのものは建物の構造の問題とまで書いてある。それでも気づかないまま広げてしまうと、負担はこちらに来ます。
賃貸で壁を使う話で書いたネジ穴の2条件とそっくりの構造です。このガイドラインは一貫して、「起きたこと」ではなく「どう振る舞ったか」で線を引いています。
ここで隙間の話とつながります。壁にぴったり付いた家具の裏は、結露が起きても見えません。5cmあいていれば、空気が動くだけでなく、のぞけるし、手も入ります。隙間は「気づける寸法」でもあるわけです。
このガイドラインには法的な拘束力はなく、契約書に有効な特約があればそちらが優先されることがあります。ご自身の賃貸借契約書を必ず確認してください。
冷蔵庫の横は5mm。家具は5cm。数字は目的で決まります
隙間の数字は、実はもう一種類あります。家電メーカーが取扱説明書で指定している「放熱スペース」です。冷蔵庫の場合、日立もシャープも上部5cm以上・左右0.5cm以上を目安にしています(機種により異なります)。
出典: 日立「冷蔵庫の設置に必要なスペース」 / シャープ「周囲に必要なすき間(放熱スペース)」
熱を出す冷蔵庫の横が5mmでよくて、熱を出さない家具に5cmが要る。わたしは最初、どちらかの数字が大げさなのだと思いました。でも読み違えでした。冷蔵庫の5mmは放熱の数字で、庫外に熱を逃がす設計が済んでいる前提の最小値。家具の5cmは換気の数字で、動く仕組みのない空気を自然に動かすための値です。目的が違うから、10倍違う。
図を作る途中でも1回間違えて、シャープの「壁ぎわ3.5cm」を放熱の数字として並べかけました。読み直すと、これはドアを90度開くための寸法でした。同じ冷蔵庫のまわりでも、数字は1つずつ目的を持っています。
同じ「あける」でも、何のためにあけるかで数字は変わります。家電は自分の取扱説明書に数字を持っています。家具には取扱説明書の数字がないので、そこを業者ブログのばらばらな数字が埋めていた、というのが今回の調べの答えです。

| あける場所 | 寸法 | 目的 |
|---|---|---|
| 冷蔵庫の左右 | 0.5cm以上 | 放熱(日立・シャープ) |
| 冷蔵庫の上部 | 5cm以上 | 放熱(日立・シャープ) |
| 家具と壁 | 5cm以上 | 換気・湿気(東京都) |
5cmで失う床は、6畳の1%です
最後に、冒頭の「もったいない」を検算します。江戸間6畳(261×352cm・約9.19㎡)で、幅180cmの収納家具を壁から5cm離すと、失う床は0.09㎡。床全体の0.98%です。仮に長いほうの壁352cmを全部家具にして、その全部を5cm離しても1.92%。感覚よりずっと小さい数字でした。
家具1つで見ると、奥行き40cmの棚が実質45cmになる計算で、これは12.5%の上乗せです。棚単体では大きく見えますが、部屋の床に対しては1%。壁ぎわの5cmは、見た目にはほとんど気づかれない寸法です。この部屋の見えない寸法の話は、エアコンの風の通り道で書いた「風の寸法」と同じ種類で、動線と光に続く3つ目の見えない通り道が、湿気の通り道なのだと思います。
きょうできる対策は、東京都のページに揃っています
東京都の同じページには、家具まわり以外の具体策も並んでいます。どれも数百円から始められるものです。
- 押し入れはスノコで空気の通り道をつくる
- プラスチック収納ケースの中には乾燥剤を入れる
- 換気と除湿で、室内の湿度を60%以下に近づける(ダニ・カビ両方の予防になります)
それから、壁ぎわの話を書いてきた身としては、温湿度計を壁ぎわの低い位置に1つ置いてみるのをおすすめします。部屋の中央との差が、そのままこの記事の内容の実測になります。
まとめ
家具と壁の隙間5cmは、業者ブログの思いつきではなく、東京都が公式ページに書いている寸法でした。理由は放熱ではなく換気で、冷えた壁ぎわだけ相対湿度が上がるから。室温20℃・湿度60%でも、壁面が12℃なら結露が始まります。
そして結露を「通知もせず」「手入れを怠り」放置して広がったカビは、国交省のガイドラインでは借主負担になり得ます。家具を置くこと自体も、床のへこみも、電気ヤケも通常損耗。問われるのは置き方ではなく、気づけるかどうかです。
5cmの隙間で失う床は、6畳の1%。空気の通り道と、のぞける隙間が1%で買えるなら、安い買い物だと思います。
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